二話 ダーク・ブルー
1 ダーク・ブルー
MSの操縦を不得意とするラブラであったが、なんとかシュウのギラ・ドーガに接近した。
「シュウさん!」
「おお、来たなギラ・ゾード!開発者はセンスあるよ。なにより赤いのが素晴らしい。赤い彗星みたいじゃないか。」
ラブラがシュウの元にたどり着いた時、すでにギラ・ドーガはボロボロだった。左脚は全損、右脚も膝から下が無くなっている。シールドに残された無数の凹凸はファンネルの激しさを容易に想像させた。それでも脚以外は比較的軽傷で、特に頭部に至っては無傷であった。ギラ・ドーガがロックされてからおよそ三分が経っていた。つまりシュウはその3分に及ぶオールレンジ攻撃を完全に受け切ったという事になる。この時リリアはかすかな声で「ヴァンドールになら、任せられるかもしれない」と呟いたのだが、カイもタッチもそれに気づく事は無かった。
シュウはギラ・ドーガをオートパイロットに切り替え、コックピットから飛び降りる。ラブラがシュウを回収すると、ただ直進するだけのギラ・ドーガはファンネルの直撃を受けて激しく爆発した。
「いやー間一髪でしたね!」
シュウにシートを譲るラブラは興奮しながら言った。キュベレイのパイロットは爆発の煙で視界を奪われる。
「ファンネルっていうのも慣れれば冷静に対処できるもんだな。特にあのパイロット、暴走しているせいか攻撃がやけにパターン化していたからな。ただ、さっきのをあと5分続けろって言われたら、さすがに苦しかったかもな。」
シュウは苦笑しながらギラ・ゾードを軽く操作する。指の関節を一本ずつ曲げたり、各ブースターを一瞬ふかしたりと、シュウはそういった細部の作業を次々と行う事でマシンを自分になじませた。最後に青いモノアイがブゥンと光り、あっという間に点検が終了する。
「さあ、リリアさん、あいてはまだやる気らしい。アクシズの安全を考慮して、キュベレイにはここで大人しくなってもらいましょうか。」
「・・・許可します。ただ、無茶はしないで。」
「了解。ラブラ、もうちょっと付き合ってもらうぞ!」
爆煙が薄まり、キュベレイがギラ・ゾードを補足する。
シユウもビームソードアクスを構え臨戦態勢を見せる。

「ギラ・ゾード、シュウ・ヴィレッダ。性能テストを開始する!」
ギラ・ゾードはまっすぐにキュベレイに接近。ビームソードアクスは使わずに、スパイクシールドを構えて頭部バルカンを連射しながら接近。キュベレイは急いでビームサーベルを取り応戦しようとするも、ギラ・ゾードのスピードに追い付けずに、スパイクシールドのタックルで吹っ飛ばされる。
「きゃあ!!」
ラブラがその速さと電光石火のタックルに驚くのとは対照的にシュウは一言も発せず、キュベレイの背後に回り距離を取る。ラブラにはシュウが冷静なようにみえた。しかしシュウの内心はラブラ以上に驚き、興奮し、そしてその心は熱く燃えていた。
(なんてマシンだ、こいつは!ギラ・ドーガとは全く違う!!)
シュウの額にはじんわりと汗がにじんでいる。口元がにやりと緩むも、その目は真剣で集中の糸が途切れぬように必死だった。
キュベレイは振り返りファンネルを展開。無数のビームがシュウを襲う。シュウはギラ・ゾードの体をよじるようにしながら右へ左へとビームをかわしす。そして回避しながら高速で接近する。またもキュベレイはタックルをうけて背後を取られ、今度は思いっきり蹴り飛ばされて大きく距離が離れた。
その一部始終をリリアはモニターで見ていた。
「ウソみたい・・・私のギラ・ゾードが、こんなにも動いてくれている。」
それはカイにもタッチにも聞き取れないほどの、小さな声だった。
2 リリア・ゴールドスミス
リリア・ゴールドスミスは旧ジオニック社の社員で、ザクⅡ後期型の開発に大きく貢献した人物である。ザクⅡ後期型は戦況に応じて武装を変えることにより無限の戦術展開を可能としたマシンである。リリアはそんなザクに更なるバリエーションを持たせるためにザクの新装備を模索した。そんな一年戦争末期、彼女が興味を示したのがMAN-08エルメスのビット攻撃であった。「もしもザクのバリエーションの一つにオールレンジ攻撃が加われば」。当時のサイコミュシステムは大型になってしまっていたため、ザクとの融合が難しかった。以来彼女はサイコミュの小型化を研究したのだった。しかし彼女の研究は完成しないままに一年戦争は終結。のちに彼女はアクシズでサイコミュの小型化の研究を続け、見事成功。その技術はキュベレイの開発に大きく貢献した。そしてリリアは、ザクのコンセプトはそのままに、新MSギラ・ドーガ開発に着手したのだ。しかし武装オプションにファンネルを加えるというのは、大掛かりな話であった。そもそもファンネルはサイコミュシステムが不可欠であり、サイコミュとはバズーカやシュトゥルムファウストのように簡単に取り外しできるわけではないのだ。そこでリリアは非サイコミュ機をギラ・ドーガ、サイコミュ搭載機をギラ・ゾードと名付け、二機の同時開発を行ったのである。
しかし時代は可変系MSの需要が高まり、つい先日、ギラ・ドーガ、及びギラ・ゾードの量産計画は見送られてしまったのだ。
リリアは上層部に再検討を促すためにヴァンドールにテストパイロットの依頼をした。ヴァンドールのパイロット3名はいずれもオールドタイプであったのでリリアはギラ・ドーガのタイムトライアルを予定したのだった。
サイコミュ搭載機は従来のMSと根本的に仕組みが異なる。
人間は誰しもが微弱な脳波を放出している。そもそもサイコミュとはその脳波でマシンを操縦するシステムである。故に適性がなければ、操縦はままならない。適性とは、人並み外れた情報量の脳波を放出できる人間、すなわちニュータイプの事である。
だから彼女はシュウがギラ・ゾードのテストをしたいと言った時に、許可を出さなかったのだ。
オールドタイプには扱えないと、判断したのだ。
しかし。
シュウ・ヴィレッダがリリアの理論を覆した。
オールドタイプでありながら、シュウは明らかに常人以上の脳波を発し、かつ、ギラ・ドーガよりも良好な動きを見せたのだ。
シュウはひらりひらりとファンネルを回避する。ギラ・ゾードの不規則な軌道にはモノアイの残像が残り、宇宙にダーク・ブルーの機械模様を描いた。キュベレイはその動きを追うも捕獲できないまま、何度もタックルを受けるのだった。高速移動と軌道変更を繰り返すギラ・ゾードのコックピットには凄まじいGがかかっていた。最初こそ声を上げていたラブラも、「口をあけていたら舌をかむぞ」とシュウに忠告され、一切声を出すことがなかった。そしてまたしても敵の背後に回りこむ。
そして次の瞬間。
シュウはビームソードアクスでファンネルの親機を破壊した。
そして続けざまに頭部、左肩のバインダーを切断。シュウは一瞬の間に敵の機体の三か所を攻撃したのだ。シュウが驚いたのはギラ・ゾードの反応性である。バックを取ってからのギラ・ゾードの三点攻撃は、キュベレイが後ろを振り向くよりも速かった。
¥
「ギラ・ゾードが俺のイメージについてきた・・・いや、サイコミュが俺の反応速度を補助したのか・・・」
まもなくキュベレイは停止した。
「もう、しゃべっていいぞ。」
優しく微笑むシュウに、ラブラは緊張が解けて大きなため息を吐く。彼女の瞳にはうっすらと涙が溜まっていた。シュウはそれを見ながらさらに笑ってみせるが、自らの体温が異常に上昇していた事に気づく。戦闘中は何も気にならなかったが、ノーマルスーツの中に少し汗をかいていた。何しろここまで自分の思い通りに動くマシンは初めてである。シュウは、この熱はしばらく覚めてくれないなと思いながら、帰還ルートに入るのだった。
こうしてギラ・ゾードの性能テストは終了した。
リリアは今回のテストで、シュウが射撃よりも近距離格闘を好んでいるのだろうと感じた。そして今後はライフルのテストも行い、シュウというパイロットを研究すべきだと考えた。リリアは元々、量産型MSの技師である。つまり彼女にとって汎用的なMSのみが興味の対象であり、パイロットの一人一人の特性などにはあまり目を向けていなかったわけだ。しかし今、「ギラ・ゾードをどう手直しすればシュウのポテンシャルを生かせるか」を考え始めていた。
3 ヴァンドール
量産型キュベレイのテスト中の暴走事故は、アクシズ上層部で大きな問題となった。開発を続行すべきか中止すべきかという議論が毎日行われ、その結果はあれから二週間が経過した本日でも答えを出せずにいた。おかげでMS開発技師達は議論の答えが出るまでしばしの休暇が与えられ、リリアの部下で開発に参加していた者たちもギラ・ゾードの開発に戻ることが出来た。加えてヴァンドールの全面協力を得たえたラボはにわかに活気づき、ギラ・ゾードは完成間近という段階まで来ていた。
タッチはわずかだがアナハイムにいた男で、マラサイの開発を行っていた経験がある。そこでタッチはクイン・クラルテの制御ユニットとギラ・ゾードのサイコミュシステムの融合を図ったのだ。タッチはリリアにその図面を見せた。
「リリアさん、この上の回線がサイコミュのパラレル回線で、その横がMSの制御装置。コイツはサイコミュで機体制御のフォローをするシステム。」
「・・・マグネットセンサー?・・・これを、あなたが設計したの?」
「そう。ギラ・ドーガの制御装置に加えてみたらどうかなって思って。」
こうしてタッチの考案したマグネットセンサーは試験的にギラドーガに搭載させられることになり、カイがテスターを務める事となった。
そして
「それじゃあカイさん。準備はいいですか?」
「ああ。」
モニタールームではタッチとラブラがギラ・ドーガのタイムトライアルに立ち会っていた。シュウとリリアはサイコミュの微調整を行っていて、モニタールームにはいなかった。
カタパルトで発進の合図を待つカイに、タッチは声をかけた。
「カイ。」
「なんだ。」
「リリアさんの事、どう思う?」
カイは何も返事をしなかった。
「彼女、俺が考えたマグネットセンサー、こんなにも早く形にしたんだよ?優秀だと思わないか?」
「・・・」
カイには、タッチが何を言いたいかがなんとなくわかった。ヴァンドールはシャア直属の部隊である。しかしシャアは現在地球圏にいて、現場の判断は三人が行っていた。つまり三人が了承をすれば、ヴァンドールのメンバーを増やすことも可能なのだ。タッチは、リリア・ゴールドスミスをヴァンドールに入れようと考えていた。
「なあ、カイ。俺はさあ、ヴァンドールに・・・」
タッチの言葉を遮って、カイが言った。
「タイムトライアルで決めればいい。このギラ・ドーガのタイムが悪ければ、彼女は所詮その程度の技術者だったってわけだ。お前のマグネットセンサーも検討した方がいい。」
「じゃあ、タイムが良ければ?」
「その時はお前とシュウの好きにすればいい。」
タッチは笑った。そしてタバコに火をつけて、ラブラに目で合図をした。
「カイ機、発進どうぞ!」
「カイ・オキタ。出る!」
カタパルトから勢いよくギラ・ドーガが発進した。
この日カイは、完成間近のギラ・ゾードのタイムを上回ることとなる。しかしカイは操縦中、これがタイムトライアルだという事を完全に忘れてしまう事態に陥っていた。
「こいつは・・・俺のザクにえらく似ている・・・!似ているぞ!!」
マグネットセンサーはカイの脳波を読み取り、操縦の誤差修正を行っていた。つまりカイは自分が一番乗り慣れたザクのフィット感でギラ・ドーガを操っているのだ。カイは何の躊躇もなく、ただ思うままにトライアルコースを楽しむのだった。
後日、ヴァンドールに新たなメンバーが加わる事になる。シャアへはアナハイムを通して暗号文の提出を行う。その返信として、シャアはヴァンドールに任務を与えたのであった。
エウーゴ特殊部隊ヴァンドール
カイ・オキタ 22歳
ヴァンドールのMSパイロット。冷静な性格で状況判断が早く、必要なら残酷なことも躊躇なくやってのける。一対多数の先頭を得意としていて、めまぐるしく旋回しながら近・遠距離関係なく次々と敵機を墜としてゆく。またジャンク屋だった経験を活かし、より長い間戦場で活動できる改造が得意で、その長時間の戦闘に耐えうる精神力を持つ。
シュウ・ヴィレッダ 22歳
ヴァンドールのMSパイロット。温和で知的な面を持つ。幼少からの英才教育で培った類い稀なる軍略とMS操縦センスを持つ。またオールドタイプでありながらサイコミュとの相性がよく、その直観を活かした接近戦で本領を発揮する。MSパイロットとして前線で戦いながら指揮を執れる視野の広さをもつシュウの存在が、カイとタッチの戦闘スタイルをより効果的なものに変えている。
タッチ・ナカムラ 24歳
ヴァンドールのMSパイロット。楽観的でおおざっぱな性格だが、本来中距離武器のビームライフルで長距離狙撃を可能とする集中力とを持つ。またMSの設計も得意としており、マラサイの開発中に彼が設計したクイン・クラルテは、モノアイにスコープを内蔵しており、彼が目指す戦闘スタイルの、「高速移動をしながらの遠距離狙撃」を視野に入れた使用になっている。
ラブラ・オーブリンス
リリア・ゴールドスミス
3話に続く