一話 ギラ・ゾード起動

2014年07月21日 14:17

1 アクシズの空

 

宇宙世紀0085 シャアがアクシズを離れ地球圏でクワトロ・バジーナとして活動を初めていたころ。シャア直属のヴァンドール部隊はアクシズに残り、潜伏を続けた。

当時のアクシズでの様々な研究は、大きく分けて2つに分けられた。

一つはニュータイプとサイコミュに関する研究、。そしてもう一つは軍の主力となる量産型MSの研究である。

 

量産機の開発は、同時期に多数の研究者が主力MSの座を狙って日夜研究を進めており、その中の一つ「ギラ・ドーガ」の開発コンセプトは“新時代のザクⅡ”という、至ってシンプルなものだった。スパイクシールドと方側のみの大型シールド、いくつもの武装のバリエーションを持つことであらゆる戦況に対応出来ることが狙いである。しかし可変式MSが全盛を迎えようという今日、変形機能を持たないMSの評価が低い風潮があったため、ギラ・ドーガ開発には満足な人員と予算が与えられていなかった。やがてアクシズ上層部がニュータイプの開発に全力を注ぎだすと、ギラ・ドーガの開発はさらに遅れるのであった。

 

小惑星アクシズの周りには「タイムトライアル・コース」が設けられており、今日もさまざまなマシンの性能テストが行っていた。

そんなタイムトライアル・コースの中に、ひときわ古い機体が一つ。ヴァンドールのMSパイロット、カイ・オキタの愛機ザクⅡ後期型である。一年戦争末期に製造され、グレーに塗装されたそのザクⅡはコースの中のどのマシンよりも異彩を放っていた。ヴァンドールの一番の任務はアクシズの動向を探る事だが、基本的には自由行動で、カイは暇を見つけてはタイムトライアルを行うのだった。

 

この日のタイムトライアルを終えたカイは、アクシズ内に戻り着陸した。

「見渡す限り、空には可変の一色だ・・・」

カイ・オキタはヘルメットを外し、コックピットから降りてそう呟く。MSから離れるとシュウ・ヴィレッダが笑顔でドリンクを差し出し、「お疲れ様」と声をかけた。カイは表情を変えることなくそれを受け取り口を付け、空を眺めた。空ではアクシズの新型MSがテスト飛行を行っていた。シュウもまた空を見上げる。

「上はいい顔してないよ?あれだけ来てたテストパイロットの依頼をことごとく拒否して、ザクでトライアルなんてさ。」

カイは返事はせず、シュウと同じように空を見上げてた。ヴァンドールのパイロット三人には新MSの性能検査のためのテストパイロットの依頼が山ほど来ていた。しかし三人はそれに見向きもしなかった。タッチ・ナカムラにはクイン・クラルテという新型機があったし、カイとシュウは可変系MSをどこかで下に見ていたのだ。カイとシュウはギラ・ドーガになら乗りたいという願望はあったが、ギラ・ドーガは開発が遅れ性能テストを行う段階まで達していなかった。シュウはため息をつきながら言う。

「ギラ・ドーガ。製造ラインは一時中止だってさ。その代わりにガザCとバウが量産されるかもって。」

「・・・ザクの方がまだマジだ。」

シュウは苦笑する。

「しかしカイ、22分01。これがさっきのオマエのザク。そんで昨日のバウが19分52だ。同じ周回コースで二分も差がついてしまってる。」

するとカイはシュウの目を見た。

「MSの性能はタイムじゃない。」

シュウは深くうなずく。可変系MSの特徴は、MAになることで機動性を高めたMSである。それに対してカイのザクはバーニア周りを中心にチューンナップが施されており、旋回性能はMAなど比較にならないほど安定していた。カイはそのチューンナップをギラ・ドーガに施す予定であった。カイはただずっとロールアップを待っていたのだ。シュウもまた同じようにギラ・ドーガを期待する熱い気持ちがあったのだが、シュウはそれを表情に出そうとはしなかった。二人はただ黙り空を見上げた。小惑星アクシズの空を模した天井には、四機編隊のガザCが映っていた。宇宙を走る四つの光を見ながら、二人はため息をつくのだった。

 

「なに辛気臭い顔してるんだ?お二人さん」

そこに立っていたのはタッチ・ナカムラだった。

「タッチは聞いたか?ギラ・ドーガの製造延期。」

シュウが残念そうに笑いながら言った。するとタッチは大きく口をあけて笑う。

「わははは!そうだ。アクシズ上層部の一方的な判断でな。しかし、現場はそのおかけで盛り上がってるみたいだぞ!絶対に成功させてやるってな!」

二人は意味が理解できなかった。

「現場?ギラ・ドーガの開発チームのことか?」

タッチは煙草に火をつけて、二人をじらすように大きく息を吸う。そして「ふー」と、ひと息ついてから言った。

「来たぜ。ギラ・ドーガのテストパイロット依頼」

カイとシュウは思わず目を合わせる。そしてシュウは笑っていった。

「よかったなカイ!ギラ・ドーガに乗れるぞ!」

カイは飲み終えたドリンクの紙カップをゴミ箱に投げ入れる。

「テストパイロットは、お前の仕事だ。」

カイがシュウの肩をポンと叩き、歩き始める。心なしカイが微笑んでいたようにも見えた。シュウは一瞬驚くが、また笑顔を見せた。

 

 

 

 

2 二機のMS

 

 

シュウの父ファウスト・ヴィレッダは、志願兵からドズル・ザビ下中隊の作戦参謀にまで上り詰めたいわゆる叩き上げの軍人であった。ゆえに軍隊における上下関係の煩わしさや不条理を誰よりも理解していた。やがてシュウが生まれると、ファウストは「息子には同じ思いをさせまい」と徹底的な教育を施すようになる。実力と権力を兼ねそろえる父をもつシュウは、生れた時からエリート軍人としての道が用意されていたといえる。しかし当人はそんな自分自身を不幸だと思うことがあった。なぜなら幼少から思春期に至るまでのシュウには、子供らしい思い出が一つもなかったからである。「どうして僕は普通の子供のように遊んではいけないの?」シユウはやがて父に疑問を覚えるのだが、しかし父が自分のためを思って一生懸命だったというも理解できたため、口にはできなかった。

父ファウストは、シュウを14歳から士官学校に入学させるつもりであった。しかしシュウが思春期を迎えると、人生のすべてを父に決められている様に感じ、父と衝突する。自分の人生は自分で決めたいと主張するシユウに対し、父は決して譲らなかった。またシユウも折れることはなかった為、二人は平行線のまま、結局は双方のしこりが残ったままシユウは父のもとを離れ一般の軍事学校へと入学している。

シユウは父の考えを今でも正しいとは思えない。

 

しかし。

どれだけ父を否定しようと、シュウの卓越した状況判断と戦闘センスは父が与えた財産であった。

 

「悔しいけれどさあ、今まで俺が生き残れたのは、親父のおかげなんだよなあ」

コックピットでシュウは誰に言うでもなくそう呟いた。

シュウはあらかたのマニュアルを読むことでそのマシンの特性をすぐに把握することが出来る。シュウの行動には無駄と迷いがない。それはまるで熟練パイロットが愛機を操縦する時の仕草のようであった。

ギラ・ドーガのあるMSデッキから少し離れたモニタールームで、リリア・ゴールドスミスはモニターに映るシュウを観察していた。カイは椅子に腰かけてモニターを眺めている。タッチはと言うと、ちらちらと美人MS技術者リリアのミニスカートから除く足に目を向けつつ、おどけたように軽口をたたいた。

「あれれ?驚きませんか?彼はこのギラ・ドーガ、もちろん搭乗は初めてなんですがねえ。マニュアルだってきちんと読んだわけじゃない。あいつ、適当にページを飛ばしながら読んでいました。けれど!彼は初めてのMSでも器用に乗りこなしてしまうんですよ!わははは!」

「・・・・」

リリアは軽蔑するかのように冷えたくタッチを見る。タッチはとっさに目をそむけて黙った。リリアは無表情のまま無線電話を取る。

「シュウ・ヴィレッダ、聞こえますか?」

「はい。」

「それでは只今よりこのギラ・ドーガ試作機を使ってタイムトライアルを行います。一週目はトライアルルートを巡行し、二週目はタイムの測定を行います。何か質問は?」

「二つほど。と言ってもこれは質問というよりお願いかな?」

「なんですか?行ってください。」

リリアは凛としたまま、表情を変えずに問いかける。

「ただの巡行は必要無いでしょう。二週ともタイムを計って下さい。バーニアの使い方、二通り試したいので。」

やけに自信満々な発言である。しかしリリアは動揺もなく、ただ「許可します」とだけ伝える。その間タッチはカイの耳元で「彼女、何歳だろう?」と尋ねるが、カイは「興味ない」とそっけなく返した。

「それじゃ、次の質問なんですが」

そのあとシュウの口から出た言葉に、カイとタッチ、そしてリリアは一瞬思考が止まる。シュウは至って軽くいう。

 

「この後、ギラ・ゾードもトライアルしていいでしょうか?」

 

「ギラ・ゾード??」

カイとタッチは声を合わせて呟く。リリアは大きな目をさらに真ん丸にして「どうして、ギラ・ゾードをしっているの?」と尋ねた。

「え?ああ、横の赤い機体がギラ・ゾードですよね?」

確かにシュウが搭乗した試作型ギラ・ドーガの横にもMSがもう一機あった。しかしそのMSの外見は機体の色が違うだけで、ギラ・ドーガとなんら変わりなく見える。

「おいシュウ!なんだよそのギラ・ゾードって!」

リリアの無線電話に声が通るほどの大声でタッチが言った。

「ん?タッチか?いやあ、さっき何となくギラ・ドーガのマニュアルを眺めていたらさ、ちょくちょくギラ・ゾードって名前があったんだ。それで横のあのマシンを見てみればギラ・ドーガとは明らかに違う。ああ、見た目は一緒だけど中身の話ね。」

確かにギラ・ゾードとギラ・ドーガは全く異なるMSである。そしてシュウはカラーリングの違いだけでそれをギラ・ゾードと見抜いたわけではなかった。スラスター内の小さな部品や、装甲の関節の隙間からわずかに見えるフレームなど、シュウはそういったごく小さな違いから赤い機体がギラ・ゾードだと判断したのだ。シュウはそのまま自分の憶測を語った。

「おそらくさ、このギラ・ドーガはギラ・ゾードよりも一般向けなんだと思うよ。ゾードは高性能だけどその分操縦にクセがある。でも、タイムはドーガよりいいのが出せると思うんだよね。」

「ギラ・ゾードがハイスペックなのは、」

リリアがため息をついてそういった。

「ギラ・ゾードがハイスペックなのは、ニュータイプのために作られたMSだからよ。」

「ええ?ニュータイプ!?」

さすがのシュウもそこまでは見抜けなかったらしい。シュウはオールドタイプである。しかし、何でもすぐに乗りこなせるシュウは、よりギラ・ゾードに興味を抱く。

「じゃあ・・・やっぱり乗っちゃいけませんかね?俺はあっちの方がいいんですけど。」

「却下します。質問はほかに?」

リリアは冷たくあしらった。シュウはそれ以上の話はやめ、ギラ・ドーガでタイムトライアルを開始した。

 

 

3 暴走

 

 

タイムトライアルは順調に進んでいた。初めての搭乗にもかかわらず試作機の性能をあます事無く引き出すシュウの操縦は、パイロットとしてのポテンシャルの高さを物語った。そんなシュウの操縦を初めて見たリリアは驚いた。そしてシュウの操縦技術よりもギラ・ドーガについて語るカイとタッチを見て、この二人も相当の腕前を持っていると確信した。同時に彼女の中には疑問も生まれた。ギラ・ドーガは汎用性のある“量産機”である。量産機とはすなわち、新兵でも簡単に操縦できる柔軟性が求められるのだ。しかし常人離れしたシュウがテストパイロットではかえって機体の良しあしが把握しづらいのだ。

「いいね、新型は。バウのタイムは十分追い越している。MAだろうとMSだろうと結局はパイロットの腕なんだ」

リリアの疑問をよそに、ギラ・ドーガは二週目に入ろうとしていた。

 

その時。

 

ピピピピ

 

コックピット内にアラームが鳴る。ロックオンされた時に出るアラームだ。

「どうした!?」

カイの声がモニタールームに響いた。そして次の瞬間、ギラ・ドーガは被弾し、左足を失う。

「リリアさん!これは!?」

タッチがリリアに詰め寄る。

「分からないわ!どうして・・・?」

タイムトライアル中にこのような事故が起こる事など誰が想像したことか。

モニタールームの三人はただわけの分からない今の状況に戸惑った。

ギラ・ドーガは減速し帰還ルートをとる。すると再度アラームが鳴る。

「またかっ!・・・このっ!」

シュウは左足を失ったギラ・ドーガを器用に動かし、直撃を避ける。モニタールームに安堵の息が漏れる。

しかし。

警報もなしの発砲。それも二度続けて。これは明らかにギラ・ドーガを狙ったものだと判断できた。タッチのクイン・クラルテ、カイのザクⅡはモニター室からは遠すぎてすぐに救援に向かえない。リリアはすぐに救援を頼むが救援がくるまで12分かかるという事だった。

そして、モニターに敵の影が映る。

 

「あれは、キュベレイ・・・量産型キュベレイだわ!」

 

そこにシュウからの連絡を入る。

「敵は、キュベレイの量産型だ!おそらくパイロットの一人が精神に異常をおこしたらしい。四機編隊みたいだけど、一機がほかの三機を撃破してる!」

ヴァンドールはシャアから、アクシズのニュータイプの研究成果は芳しくないと聞かされていたので、シュウはすぐにパイロットの暴走だと気づけた。そして、この危機の中でシュウは、「俺が、止めなきゃな。」と、少し嬉しそうにも聞こえる言い方でつぶやく。

「無茶よ!」

「無茶じゃない!敵は自分を制御できていない!俺の方が十分有利だ!!」

 

ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ

 

アラームが連続で鳴る。

「うわあ!これはまずいかも。」

そう言いつつもシュウはうまくファンネルをかわす。キュベレイのパイロットは、命中しないいらだちからファンネルのすべてをギラ・ドーガにロックオンさせた6。

「リリアさん!ギラ・ゾードを起動しろ!」

回避に神経を使いながらもシュウは叫んだ。

「無理よ!仮にここにいる二人が操縦するにしても、このモニタールームからハッチまで15分はかかる!」

するとカイは落ち着いていう。

「いいや。テストパイロットは、シュウの仕事だ。」

リリアは突然口を開いたシュウを見る。シュウはそのままタッチに言った。

 

「“うちのニュータイプ”はどこ行ってるんだ?」

 

「え??」

リリアは思わず口から声が漏れる。確かに今、うちのニュータイプと言った。タッチはなるほど、といった感じでリリアにこういうのだ。

「リリアさん、モニターにギラ・ゾード映せますか?」

リリアは訳が分からないまま言われた通りモニターにMSデッキを映す。そしてタッチは無線電話で声をかけるのだった。

 

「おーーーーい!!ラブラーーーーー!!」

 

「・・・・・・あ!!」

リリアは思わず声をあげてしまった。なんとギラ・ゾードのうえに、女の子が乗っていたのだ。

 

 

「はーい」

 

 

 

4 ギラ・ゾード起動

 

 

ラブラ・オーブリンスは一年戦争時、若干14歳にしてキシリア配下のニュータイプ部隊に所属していた経歴を持つ。当時のフラナガン機関はラブラを今後ニュータイプに開化する可能性を秘めていると判断したが、MSの操縦テストでは全くその才能がなく、14歳の女の子にふさわしい結果だった。それでもラブラのニュータイプ能力はオペレーターや情報処理に活用できたため、一年戦争時は戦艦クルーとして戦った。そしてシャアがヴァンドールを連れてアクシズへ向かう際、小型シャトルのクルーの一人として彼女も同行したのだ。シャアは地球圏へ帰る際、ラブラにヴァンドールとともにアクシズに残るよう命じ、今に至っている。

ラブラはマイペースでおっとりとした性格のためパイロット三人から置いてけぼりをくらうことも多いが、シャアの命令を守るため、つねに誰かのそばにはいようとしているようだ。またおっとりしていてマイペースま彼女には変わった癖があり、MSに登ることが好きらしく、今回ギラ・ゾードに乗っていたのも癖なのである。

 

「はーい!なんですかー?」

タッチは無線電話を使いラブラに呼びかける。

「ラブラ、そのマシンを起動させてくれ。」

ラブラは指示に従い、コックピットに入って行った。まったく状況のつかめていないリリアにタッチは説明する。

「彼女も俺たちの仲間なんですよ。今からラブラをシュウの元に向かわせます。ラブラがシュウを拾った後、操縦を交代。あとはあいつらに任せていいでしょう。」

「ちょっと待って、ギラ・ゾードはニュータイプ専用の・・・」

リリアの言葉を遮るようにカイが言う。

「ラブラはニュータイプだ。」

「ニュー、タイプ・・・?」

タッチは煙草に火をつける。

「戦闘はからっきしですがね。まあ、シュウを拾うくらいできるでしょう。ははは。」

リリアはモニターに映っている、まだ幼さの残るラブラを見て止まった。タッチはついクセで煙草を吸う。

 

「あの〜・・・とりあえず、シュウさんを拾って、あとは任せたらいいんですよね?」

「そういう事。リリアさん、ギラ・ゾード出撃許可、出してもらえますね?」

リリアにはいくつかの不安が残った。シュウを救った後、オールドタイプのシュウにギラ・ゾードが乗りこなせるのか。もしそれが可能だったとしても試作機にいきなりの実戦が務まるのか。もしシュウが失敗すれば、それこそアクシズが危ないのではないか。一瞬の間にさまざまな思考がリリアの脳裏を駆け巡る。しかしモニターを見れば、今もなおキュベレイのオールレンジ攻撃が続いていた。もはや一刻の猶予もない。リリアはすべてに納得しないまま、ゴーサインを出す。

 

 

「ラブラ・オーブリンス、いきまーす!」

 

 

赤い機体が、宇宙に飛び立った。

 

2話に続く